市場目線で考える
市場目線で考える
えひめ有限責任監査法人 顧問
公認会計士 布施伸章
最近の制度改革-コード、開示内容の充実、監査報告書改革(KAM)
資本市場の規律や財務報告の質を高めるための制度改革が行われている。機関投資家(財務諸表利用者)に対しては2014年2月にスチュワードシップ・コード、企業(財務諸表作成者)に対しては2015年6月にコーポレートガバナンス・コード、監査人に対しては2017年3月に監査法人ガバナンス・コードが公表された。そして機関投資家と企業との深度ある「建設的な対話」を一層促すため、スチュワードシップ・コード(2017年5月)とコーポレートガバナンス・コード(2018年6月)がそれぞれ改訂されている。これらは各当事者が取るべき行動を詳細に規定する細則主義ではなく、各当事者の置かれた状況に応じて、自らの責任をその実質において適切に果たすことができるよう原則主義、いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン」(原則を実施するか、実施しない場合には、その理由を説明するか)の手法が採用されている。
市場の規律や財務報告の質を高めるには、開示情報の充実も大切である。金融庁は金融審議会ディスクロージャーWGの提言の公表(2018年6月)を受けて、有価証券報告書の開示内容の拡充に関する改正(2019年1月)を行った。主な改正内容は、(1)財務情報及び記述情報の充実、(2)建設的な対話の促進に向けた情報の提供、(3)情報の信頼性・適時性の確保に向けた取組である。さらに金融庁は、同年3月、記述情報について望ましい開示の考え方、開示の内容、開示に対する取り組み方をまとめた「記述情報の開示に関する原則」及び「記述情報の開示の好事例集」を公表した。形式的な必要最低限の開示から、その企業固有の状況を踏まえた分かりやすい開示がより一層増えることが期待される。
そして、2021年3月決算の連結・個別財務諸表の金商法監査から、監査報告書に監査上の主要な検討事項(KAM:key Audit Matters )の記載が追加される(早期適用可能)。KAMとは、「当年度の財務諸表の監査の過程で監査役等と協議した事項のうち、職業的専門家として当該監査において特に重要であると判断した事項」である。現行の監査報告書は、標準化された短文様式により財務諸表全体に対する意見が記載されてきたが、今後は、それに加え、監査プロセスに関する情報(KAMの内容、KAMと決定した理由、監査人の対応など)が記載されることになる(先行導入された諸外国の状況を踏まえるとKAMの個数は1企業当たり3個程度)。これに伴い財務諸表の開示もより充実することが期待される。“監査はブラックボックス”といわれることもあるが、監査意見に至るプロセスやポイントが透明化されることにより、利用者の監査と財務諸表に対する理解がより深まることになろう。
実効性のある制度とするために-市場目線で考える
これらの財務報告の質を高めるための制度改革は大切であるが、それを実効性のあるものとするには企業や監査人の適切な財務報告に対する意識が重要となる。制度改革に共通することは、仕組みやプロセスの透明化を図り、開示を充実させることにより、財務諸表利用者との建設的な対話を促すことである。この結果、企業と監査人には、これまで以上に“市場目線”(ないし第三者目線)を意識することが必要になろう。
私は、判断に悩むとき、最終的には市場目線で物事を考えるようにしてきた。それぞれの当事者が一生懸命仕事をしていると、いつの間にか内部の論理で仕事をしていることがある。例えば、(必ずしも適当とは言い切れない)会計処理を継続するときに“過去に××先生と合意した事項である”とか、“昨年まで何も指摘を受けなかった”といった会話を聞くときがある。確かにお互いの合意事項を継続することは大切であるが、これは内部の論理であり、時として本質を見失う恐れもある。市場目線で考えれば、“そのような理由を外部に説明できるか”となる。外部との関係では、“ある事象や状況を踏まえて、その会計処理を継続することが適切かどうか”という点だけが適否の判断材料になる。中立公正な立場での判断が求められる監査人は、特にその意識が大切であろう。
市場目線を意識することは、会計処理や開示、監査業務のメリハリをつけるときにも有効である。“ここに規定されている”は正しくても、「木を見て森を見ず」ではコストがかかるだけでなく、ポイントを見失うことになりかねない。企業会計原則の重要性の原則も、「企業会計が目的とするところは、企業の財務内容を明らかにし、企業の状況に関する利害関係者の判断を誤らせないようにすることにあるから、重要性の乏しいものについては、本来の厳密な会計処理によらないで他の簡便な方法によることも正規の簿記の原則に従った処理として認められる。」とされている。過度に粗すぎず、過度に細かすぎず、そして本質的な部分に経営資源を投入する、というバランスのある判断を行うためには、“市場目線”は大切である。それは企業の持続的な成長にも資することになろう。
以 上